最近、ちょっと心が痛く感じた事があり、その気持ちを残しておこうと思います。

(自分は、表現が下手くそと思っているので、あまりこういう内容を書くのを得意としていないのですが。。。) 
     ⇧ 予防線張るなっていうツッコミは、、、ご勘弁くださませ(汗)

以下、もちろん一人ごとです。 長いです。
なので、付き合わなくて良いです(笑)





この自分のブログは、特に自分の趣味であるバイク専用のブログのつもりはないのですが、たまたまバイクの話題が中心になっています。

そして、ありがたいことに、これを通じていろんな人と出会ったり交流したりできています。
(直接あった事がない人も含めてです)

そんな中、自分としては楽しく拝見させているバイクブログの方同士でちょっとしたトラブルが発生したのを目にしてしまいました。

両方の方を親しみをもって拝読していたので、その方々同士のトラブルをみて、
素直に、ちょっとショックを受け、悲しい気持ちになりました。

特に、最終的には一人に対しての集中砲火的な感じに感じて、
これが自分の心が反応してしまったようです。

(世の中的には、巷ではよくある事ですけどね)

自分の事でいうと、
自分が気に入らないブログをわざわざ見に行く事はしません。
そして、わざわざ見に行ったうえで、それに対して

「あなたは間違っている」という事も言ったりしないでしょう。
いやなら見なければ良いのです。
おかしな事に、過去それに気づくまでは嫌なブログをわざわざ見に行っていたころもあったという。。。

#とはいえ、
#とても親しい人であれば、それとなく柔らかく伝えるかもですが・・・
#可能であれば直接本人へ、、、が良いと(自分は)考えている。

(今回は、いつも見ていたブログだったので、目に飛び込んできちゃいましたが)



わざわざそこ(他人のブログなど)に出向いて言うのも自由ではあります。
それも、またその人の判断であり、決断ですから。。。
でも、その後に生まれる結果(良い・悪い問わず)も受け入れるという事も必要になります。

みなが、それぞれの価値観を持ち、
みなが、個々にその自分の価値観を信じ、

人の助言や意見をもらった時、
それを自分の価値観と照らし合せ、

時には、自分の価値観を見つめ直したり、
時には「そうなんだ。。。」と認めたうえで
「自分の場合はその価値観とは違うな」と感じたり、(親しければ伝える事もある)



そもそも、人を自分の価値観に強制的に合わせさせる事なんて不可能なんですよね。
(自分の妻、子供でさえも、強制的には無理です)

その事に気づかない時は、仕事でもプレイベートでもしんどい思いをした事が多々ありました。

人間が怒りを感じたり、怒りを生む時
    というのは
自分の期待と違う結果や行動がなされた時


と考えると腑に落ちます。(ある本で読んだのですが、自分の場合は腑に落ちました)

子供に対して怒りの感情が出る時
妻に対して怒りの感情が出る時
親に対して怒りの感情が出る時
友人に対して怒りの感情が出る時
部下に対して怒りの感情が出る時
上司に対して怒りの感情が出る時

その時に、一呼吸おいて
「自分は何に対して、なぜこの感情が生まれているんだろう?」
「自分は相手に、何をしてほしいのだろう?」

と考えると、それはそれはよくわかります。(経験上)

多くの場合は、

「わかってほしかった」
「こうしてほしかった」

という事柄ではないでしょうか。。。


動物は「刺激」に対して「反応」をします。

人間は動物の中で、この「刺激」から「反応」移行する際に唯一
隙間をもうける事ができる動物だと聞いた事があります。

(今回の場合、「反応」=「怒り」と置き換えてね) 

意識しないと難しいですけど。。。

なので、意識すれば、一呼吸おけるようになると思います。

興味がある人は試してみると面白いかもしれません。


ちょっと、話がそれてきましたので、戻します。

もし、自分が信じてやっている事柄があったとして、

「自分はこうだと思うよ」 と言われるのは、自分の場合は受け入れられるし、

いろいろな意見が聞けて嬉しいです。

たとえば、

「あなたが使用していたメーカーチェーンルブ、あまりお勧めしませんよ。
自分も以前使っていましたが、○×△*+・・・・」など(笑)

ちょっと、例が変か。。。(汗)


でも、「あなたがやっている事は違う。こうしなさい!」

と言われると、

「なんでやねん! お前、どれだけ自分の事知っとるねん! 」

と思ってしまうかもしれません。


(うーん、なんだか話がとっちらかってしまいました。ご容赦を)



なので、人のやっている事に関して、執拗な干渉はしなくても良いですね。

直接自分に直接被害がない場合、とやかく言う必要はないと思っています。

#自分の子供以外を叱る事のできる、近所のおばちゃんが
#少なくなった・・・系の話は、ちょっとおいといて。
#これはこれで、少なくなったのが、寂しい気がするが、
#自分的にはちょっと別次元の話なので


全ての事柄は、自分の行動の結果
自分の行動は自分が選択している

何度か聞いた事ある言葉なんです。


「そうは言ったて、そうできないよ〜。だって、嫌われるのが怖いし〜。」

というケース、よくあります。
その怖さもよくわかります。
でも、怖いからやらない、という事も自分が選択した行動であったりすると思うのです。

(偉そうな事を言っていますが、自分も100%できるわけではありません。)

自分が選んだのです。自分がその方が「安全である」と判断したのです。

(会社では、安全に逃げる事、いっぱいあるもん)



もう一つ、自分のブログに対する考えがありまして、、、

ブログはコミュニケーションツールには、なかなかなりえないと思っている一人です。
コミュニケーションとは、「双方向」です。
でも、ブログは「一方通行」であると思っているのです。

コメント欄があっても、管理人がコントロールできます。
嫌なコメントが来たら、消せます。
記事だって、そっと修正できます。


使い方を待ちがえると、一人を羽交い締めにする事も可能です。
期待せずにそうなってしまう場合もあれば、それを目的に使用する人もいるかもしれません。

難しいツールであるなぁ。。。と感じた事があります。(体験あり)


何が言いたいかというと、自分は、知っている人同士において、
一人が羽交い締めのような状態になった状態のブログをみたら、心が苦しくなります。

そして、それが実際にあって、

「ちょっと苦しかった」

という事を言いたかったみたいです。

(書いている本人が書きながら分析、、、みたいになってもうた。。。)

これは、「それが悪い」とか、c、
単純に、素直に、「こころが苦しい」と感じた、という事で、

これは、だれに何を言われようと、変える事はできません。
だって、そう感じちゃったんだから。。。


これとは別に、このトラブルについて、何が正しいかどうかなんて、
自分にはわかりません。わかるわけもありません。
双方を直接話をしたわけもなく、
そこに至るまでの事情は、計り知れないものがあるかもしれませんから。
事情によっては、自分だって同じ行動をとってたかもしれませんしね。

だから、判断(ジャッジ)はできませんし、しようともおもいません。

ただ、ただ、こころが締め付けられるような気がした、、、というだけなのです。


そして、この記事、自分の価値観についても、様々な意見があるかと思うのです。


結局、人間って、「わかってほしい」生き物なのですね。

今日、かいた自分の記事だって自分のこころに問うてみれば、

「だれかにこの気持ちをわかってほしい」

とか、

「共感したい」

以外の何ものでも無い気がします。


だって、それがなければ記事書かないものね〜
自分だけの日記に書けば良いもの。


そもそも、ブログやFacebookも、自分の思った事や日常を
他人に公開している。
これは、「わかってほしい」、「共感してほしい」
とう、人間の本質からきているのでしょうかね。

そして、共感のコメントが来れば、

「うれしい」

という事になるのです。。。


こんな内容の記事、初めて書いた気がする。

まあ、たまには良いか。。。



とっちらかった、文章下手なこの記事におつきあいいただきありがとうございました。

本当に、文章が下手くそ。(自爆)
読む時に、読み手で修正して仕上げて読んでくださいませ(笑)

あっ、よみたい人は、、、ですよ。

って、ここまできたら、もう読んでるか。。。(汗)


うーん、熱っぽくなってきたから、今日はここまで。